2020.05.31源庫

幸せと成功の秘密 ~くつろぎと情熱の関係~

我々は、働かないと罪悪感を感じる。何もしないでいると焦りを感じる。
昔から、怠け者は非難される。行動しないのはよくないこととされる。

「だらだらしてると、ろくな人間にならないよ!」

小さな頃からそう叱られ、社会へ出ても休めばサボっていると言われる中で、いつしか行動することがほとんど強迫観念になる。
そして、何もしない自分を責め、「行動しないと認められない。貧しくなる、不幸になる」と心配になり、焦って動いてはみるものの、思うような成果が出ない。そんなことを日々繰り返し、気力は次第に萎えていく。経済上の理由や、組織や他人からの要求があるので、何とか頑張ってはいるものの、現状はいつも不本意で、時間ばかりが過ぎていく。

どうして、生きるのはこんなに苦しいのか?
なぜ、こんなに苦労してるのに幸せになれないのか?

「ちょっと世の中、不公平じゃないか? 大して働きもしないのに出世する人や、ゆったり暮らしながらお金持ちになっている人がいる一方で、あくせく働き、いつも忙しく動いているのに、うまくいかない人もいる。……きっと俺は運が悪いんだ。どうせ私は才能がないんだ」

そして、とうとう動けなくなる。そんな自分が情けなくて嫌でたまらない。
……しかし、我が身や世界を呪う前に、あることに気づくと道が開けるかもしれない。頑張っても頑張ってもうまくいかないのには、理由がある。頑張れないのにも理由がある。
実は、充実した人生を生き、成功を収め、幸せになるために、行動するかしないかは、さほど重要なことではない。必ずしも、しゃかりきになって行動しなくても、事はうまく運びうるのだ。

「いやいや、そんなことはない。世の成功者は、みんな一生懸命に頑張り続けたから、成功を勝ち取ったんじゃないか」

果たして本当にそうか? そこに、休息はなかったか? 楽しさはなかったか? くつろぎはなかったか?
いや、絶対に、休息も、楽しさも、くつろぎもあったはずだ。むしろ、それなくして成功することはほとんど不可能だ。

実業家、芸能人、アスリート、学者、どんな世界であれ、成功した人の夢をかなえる鍵となったのは、緻密な計画や、巧妙な交渉や、過酷な練習や、一心不乱の研究といった“行動”ではない。彼らを成功へと導いたものは、例外なく“情熱”だ。情熱があるから、動かずにはいられなかったし、壁にぶつかれば自然に工夫したし、一つ一つのステップが苦行でなく手ごたえとやりがいになったのだ。

つまりは、鍵は“情熱”なのだ。成功するためには、幸せになるためには、情熱を目覚めさせることが不可欠なのだ。
しかし、自分を行動に急き立てている人、現状に不満を持ちサボっている人、ほとんど諦めている人にとって、自分の中に情熱をかきたてるのは、なかなか難しい。人によっては不可能にすら思える。しかし、それでいいのだ。それが当たり前なのだ。
というのも、情熱は自分でかきたてるものではないからだ。情熱は自然に湧くものなのだ。
どんな時にか? 心からくつろぎ、リラックスした時だ。

心身を緩め、ゆったりくつろいでいると、目にするものや、耳に入る情報を、気楽に味わうことができる。ふとした物事や景色の中に、ちょっとした面白さを感じられるようになる。すると、もっと知りたくなる。触れたくなる。そして、くつろいだ気分で、さらに知り、触れ、そんな時間を楽しむ。すると、やっぱり面白い。ますます面白い。ああ、もっと知りたい、触れたい! さらに関わりたくなる。動かずにいられなくなる。それを何としてもやりたくなる! ……ちょっとやってみる。面白い! もう、それ以外、目に入らない。誰がどう言おうが、それがやりたい! これが情熱だ。
……振り返れば、それはまさに、くつろぎから生まれた。そして、くつろぎがなく、切羽詰まった気分でやれば、一時は盛り上がった情熱もいずれ萎えていく。情熱とくつろぎは切っても切れない関係があるのだ。

情熱的でない人は、大抵、休むこと、くつろぐこと、そして楽しむことが下手だ。そういう人たちの根底には、実際に行動しているいないにかかわらず、「行動しないのは悪いことだ」という思い込みが根深く染みついている。

「何もしないでいいんだろうか」
「悩みを放っておいて大丈夫だろうか」
「何も生産的でない、こんな自分でいいんだろうか」……

そんな人にとって、ゆったり心からくつろぐことは、とても勇気のいることだ。
しかし、本当のくつろぎは、いずれ必ず情熱につながる。もしあなたが、人生がうまくいかず、気力が湧かず、そんな「無為な自分」を責めているのなら、休むことへの罪悪感を捨て、本当に心から緩み、くつろぎ、楽しむことが、よりよく生きる大きな一歩になるだろう。