音楽を奏でている花々
「音楽を奏でている花々」
昨夜、母から、こんな件名のメールと写真が届いた。
昨夜、母から、こんな件名のメールと写真が届いた。
そこには、こんな風に書かれていた。
「先日はわざわざ時間をとって、 プレゼントをくれてほんとにありがとう。
毎日お花を見て、幸せな気持ちになってます。
お花からリズムを感じ、音楽が聴こえるようで、 思わずルンルンと笑顔で動いています。
ぜひ見せたくて、写メールしました。
父さんと 花に囲まれ明るく元気をもらい、とても喜んでます。ありがとう。 」
76歳の誕生日を迎えた母のお祝いのために、逢いことばの「言の花」のメニューでもお世話になっている、仲良しのフローリスト・Panié rustique(パニエ・ラスティック)さんに束ねてもらったブーケ。

毎日お花を見て、幸せな気持ちになってます。
お花からリズムを感じ、音楽が聴こえるようで、
ぜひ見せたくて、写メールしました。
父さんと 花に囲まれ明るく元気をもらい、とても喜んでます。ありがとう。
76歳の誕生日を迎えた母のお祝いのために、逢いことばの「言の花」のメニューでもお世話になっている、仲良しのフローリスト・Panié rustique(パニエ・ラスティック)さんに束ねてもらったブーケ。

家族の誕生日を祝う花束に託したい、私のその時々の想いを、Panié rustiqueさんは毎年、丁寧に誠実に汲み取って、とても素敵なブーケを束ねてくれる。
今年の母の誕生日には、「子どもが束ねたみたいな、かわいい花束」というテーマをお願いした。
母を喜ばせたくて、幼い子供の頃の私は、あちこちから雑草のお花を摘み取ってきては、母に届けた。
母を喜ばせたくて、幼い子供の頃の私は、あちこちから雑草のお花を摘み取ってきては、母に届けた。
そして時には、 人さまの花壇で大切に育てられたチューリップをもぎ取ってきて、 母を困らせた。
「人が育てたもの」という概念がわからなかった幼い私は、赤や黄色の元気なチューリップを見つけた時、 ただただ嬉しかったのだ。
「お母さんがきっと喜ぶ!」
そう思うと、その時の私にはワクワクしかなかった。
「そのお花は、そのおうちの人が大切に育てたものなんだよ。勝手に取ったら、育てた人もお花も、みんなが悲しむんだよ」
「人が育てたもの」という概念がわからなかった幼い私は、赤や黄色の元気なチューリップを見つけた時、
「お母さんがきっと喜ぶ!」
そう思うと、その時の私にはワクワクしかなかった。
「そのお花は、そのおうちの人が大切に育てたものなんだよ。勝手に取ったら、育てた人もお花も、みんなが悲しむんだよ」
困った贈り物を、ひたすら無邪気に持ち帰ってくる幼い我が子に、 母はその都度、粘り強く諭してくれた。
そんな風にしながら、子供の私は、「人とお花が悲しむこと」と「人と お花が喜ぶこと」を、少しずつ学んでいけたのだ。
そんな風にしながら、子供の私は、「人とお花が悲しむこと」と「人と
それでも、あちこちで一生懸命に摘んできたお花たちを、母はいつも、喜んで受け取ってくれた。
そして、小さな手で摘み取ってきたバラバラのお花を、水を張ったガラスのお皿に、ぜんぶきれいに浮かべてくれた。
そして、小さな手で摘み取ってきたバラバラのお花を、水を張ったガラスのお皿に、ぜんぶきれいに浮かべてくれた。
それは今思うと、母子二人で作った、 初めてのフラワーエッセンスだ。
「お花は、人を喜ばせるんだ」
「お花は、人を喜ばせるんだ」
人生の初めに、それを知るきっかけとなってくれた母に、今年は「子供みたいな花束」を贈ろう。
そんな想いやエピソードとともに束ねてもらった花束は、まさに、子供の頃の私が母に贈りたかった花そのものだった。
そんな想いやエピソードとともに束ねてもらった花束は、まさに、子供の頃の私が母に贈りたかった花そのものだった。
花の種類も色味もぜんぶお任せだったが、Panié rustiqueさんは、赤いチューリップも、楽しいペンペン草(ナズナ) も、ちゃんと一緒に束ねてくれていた。
母の誕生日当日。
子供の頃の私の心が束ねられたその花束を、76歳になった母は、あの頃と同じ笑顔で、喜んで受け取ってくれた。
そして昨夜届いた、母からのメール。
こんな瑞々しい感性で、花を感じることができる人から、幼い私はきっと、知らず知らずのうちに、「 花となかよしになる方法」をたくさん教わってきたのだろう。
そして昨夜届いた、母からのメール。
こんな瑞々しい感性で、花を感じることができる人から、幼い私はきっと、知らず知らずのうちに、「
お母さん、おめでとう。
あなたは、植物療法士としての私の原点であり、きっと永遠のお手本です。
これからもずっと、元気でいてね。