2022.08.29源庫

人生が深まる ~直感を磨くタロット講座~

逢いことばでは通常の占いセッションの他、タロット占いと手相占いの教室を開いている。今回は、そのうち、タロット講座について書く。
様々な人がタロット講座を受講しているが、その理由も人によって様々だ。

「セッションを受けてみて、自分も占いをできるようになりたいと思ったから」
「いずれ占いを仕事としていきたいから」
「タロットカードの絵柄に惹かれたから」
「Twitterやブログを見て興味を持ったから」
「逢いことばの空間が好きだから」……

受講に至った経緯や背景は人それぞれだが、受講してみた人が口をそろえて言うのは、「生き方が変わった」「物の見方が変わり、深まった」という言葉だ。
講座を通して、占いの知識やスキルを得、自分で様々なことを占えるようになるのはもちろんだが、受講を修了した人は、講座を受ける前と後では、間違いなく、世界や自分、身近な人や日々の出来事への向き合い方、捉え方が大きく変わっている。表面的な良し悪しや損得でなく、事の背後にある真意を深く細やかに捉えられるようになっている。それによって、自他への理解が深まって人間関係が改善したり、活力が湧いてきたり、よりやりがいのある働き方ができるようになったりしている。
なぜ、そういうことが起きるのか?

逢いことばでは、占いを単なる“当てモノ”ではなく、人生で起きる様々な出来事の本質を捉え、豊かに生かし、充実した人生を生きるための、とても役に立つ方法と捉えている。
そこで大きな鍵となるのが、“物事を吉凶で見ない”ということだ。
タロット占いにおける「吉札」「凶札」、手相占いにおける「吉相」「凶相」という考え方があるが、逢いことばでは、それをしない。
この世界のあらゆる存在、あらゆる出来事は、皆、意味と必然があって現れる。その一つ一つが無限の陰陽のグラデーションを持ち、互いに絡み合い、支え合い、大きなつながりの中で、常に運動している。何一つ決まったものはないし、変わらないものもない。
そんな世界で、日々、様々な出来事と出くわしながら我々は生きていく。どんな出来事もいろんな面を持ち、見る方向や光の当て方で姿かたちが変わり、明るくも暗くもなる。捉え方や活かし方で、よくも悪くもなる。到底、単純な吉凶で断ずることなどできはしない。その上、すべては休むことなく動いており、自分の行動などお構いなしに、次々に新たな展開がやってくる。
そのため「凶を避け吉を取る」という姿勢は、自ずと場当たり的にならざるを得ず、その場をしのいでも、早晩、壁に突き当たる。そこでまた「凶を避け吉を取る」。そしてまたぶつかる。この生き方は実はとても苦しい。忙しなく、いつも損得と用心、計算で生きることになり、始終緊張に満ちることになるからだ。
そもそも、無限に豊かでダイナミックな人生を、小さなお決まりの世界観や刷り込まれた先入観で捉えようとすること自体に無理がある。その象徴が占いにおける「吉凶」という概念なのだ。
極言すれば、吉凶という捉え方そのものが、人を苦しさの中に縛り付ける仕掛けだとすら言えるため、吉凶をベースに置いた占いを拠り所に生きようとすると、人は結局、どんどん苦しくなる。

だが、占いは、そんなに貧しく姑息な道具ではない。
占いは、人の意識を、狭い判断の枠から解き放ち、自由で柔軟な見方をもたらしてくれる。そして、人生で出会う様々な人や出来事を、豊かに味わい、賢明に活かし、世界を大きく広げ深めるためのヒントや手がかりをたくさんくれる。

生命の本質は拡大と成長だ。だが、人は誰もがそれぞれに考え方のクセや価値観を持っており、それを守り満たそうと考える。その小さな枠に沿って生き続けるのは、自由な生命の本質に逆行するので、人生は常に、その時々の自分の枠を揺さぶるような状況を運んでくる。
この揺れを、お決まりの思考パターンや刷り込まれた先入観で捉えれば、苦痛でしかない。が、その思考の霧を晴らせば、どんな状況にも常に恵みがあり、活かし方があることが見えてくる。まさにピンチがチャンスに変わるのだ。
この“霧を晴らす”のに、強力なサポートとなるのが占いだ。
中でも、タロットカードは、通常の思考では思いもよらない角度から、事の本質を照らすメッセージを運んできてくれる。それは我々が、論理ではなく、直感的に本質をつかむことを助けてくれる。そしてカードがもたらすメッセージは、思考ではなく、我々一人一人の生命の本質からくるものだ。ゆえに、そこから得られるアドバイスは、生命を閉じ込めるのではなく拡大する方向に、我々を解き放つ。そして、自ずと人生は自由で活力に満ちた方向へ展開していくのだ。

こうして、タロットを学ぶことを通して、受講生は、占いの知識と技術のみならず、世界の新たな見方と捉え方に自分を開いていく。
逢いことばでタロットを学んだ人が、生き方に気づきと活力を得て変わっていく姿を見るのは何よりの喜びだ。そして、教える中で自分もまた、一つの型に固まることなく、無限の可能性に今日も開かれていくのだ。