2019.07.08雪水清花

わに

私はわにが好きだ。
わにの姿形も興味深いが、何よりも「わに」という音が好き。
わに。ワニ。わに。wani。ワニ。わに。
たかが2文字の組み合わせが、実に絶妙に、おもしろ可笑しく愉快な音を紡ぎ出す。
「わ」と「に」。 わに! わに!!!
クロコダイルやアリゲーターでは決して表せない、日本語の「わに」の楽しい響き。
個人的には、カタカナよりもひらがな表記の方が、なお一層、親近感が増してくる。
この、やや間の抜けた二音が、あの獰猛な動物を指し示すなんて、ほとんど結びつきがたく、まるで力が抜けてしまう。

 

実際の鰐は、実に恐ろしい動物だ。
水の中に身を潜めて、鋭い目だけを水面に光らせ獲物を待つ、あの凄み。
獲物を狙う底なしの気迫を漲らせているのに、自らの気配は完全に消している、あの得体の知れぬ存在感。
狙った獲物が気を許した瞬間の、世界が崩れ去るような、あの獰猛さ。
普段は重たそうに見える大きな体は、見た目からは想像もできないほどの俊敏さで、水の中を踊り狂う。
耳まで裂けるような大きな赤い口は、鋭い歯で縁取られた底なしの穴と化し、どんな獲物も深い奈落に呑み込まれていく。

これほど獰猛で、情け容赦を微塵も感じられない恐ろしい動物なのに。
なぜか、わには、楽しくほのぼのとしたキャラクターになることも多い。
例えば、ロシアの人形アニメ「チェブラーシカ」に出てくる、ワニのゲーナ。
チェブラーシカの最初の友達で、動物園で「ワニ」として働く、紳士的な、わに。
わにが主人公の絵本は、そのほかにもたくさんある。
どれもみんな、微笑ましかったり、ちょっと切なかったり、でも時には、ワニ本来の自然な獰猛さを踏まえた、考えさせられるものもあったり。
いろんな「わに像」があって、実におもしろい。
これほど多彩にキャラクター展開されるのは、「わに」という音の響きの不思議な魅力もあってのことだろうと勝手に思っている。
ちなみに、キャラクターで言えば、カエルもかなりの引きがある。
そのなかでも、アーノルド・ローベルの本に出てくる「がまくん」はとてもいい。
「がま」の音の響きも、「わに」の音に通じる微笑ましさを感じる。
音の響きのほのぼの感と、キャラクターの親近感との間に生まれる相関関係。
これもまた、なんとも興味深い。

古今東西のさまざまなキャラクターのおかげで、ワニを恐ろしい動物だとは思っていない子どもも、案外多くいるのかも知れない。
わにさん。ワニくん。ワニぼう。ワニのゲーナ。わにのスワニー……
実物がどうであれ、ひとたび、そこに名前と個性を見つければ、子どもはあっという間に自分の世界で友達になれるから。
架空の物語の中で脚色された動物に、「ワニとは恐ろしくて危険な生き物だ」という前提を持ち込んで、決めつけてみたりはしないから。
本物の鰐とは友達になれなくても、自分の世界でわにと友達になれたとしたら、なんだかとっても楽しいではないか。
私はもう大人だけど、私の世界にも、まだまだたくさんの「わに」を探してみたい。
思い込みと決めつけで自分の心を固めることなく、もっと自由に、もっと突拍子もなく、もっとぶっ飛んで、「友達のわに」を見つけていきたい。
「わに」の二文字は、そんな遊び心と勇敢な気持ちを思い起こさせるような、私にとってのひとつのスイッチなのだ。